侯爵夫人イザベル・レヴィエは、六カ国語を読み書きする外交実務の担い手だった。けれど条約の起草も、大使との折衝も、国境で子どもを守るための脚注も、夫アルマン・ヴァルニエ侯爵の名で処理され続ける。社交界では夫を立てない悪女と呼ばれ、夫の愛人リリーヌには「旦那様がおかわいそう」と涙ぐまれる。怒りより先に、疲れが限界へ来ていた。
イザベルは未完成の外交文書を返し、離縁届を置き、妻の座を降りて侯爵家を出る。翌月、六カ国のうち三カ国が条約更新を拒否し、後任として飾られた愛人は届いた書簡を読めず、夫は大使の前で沈黙する。一方、隣国カルヴァレンの若き公爵エルネスト・クロイツは、彼女の文書と責任を正しく見ていた。
これは、名を消されてきた外交官が、自分の署名で条約を読み、子どもたちを荷物にしないための言葉を選び、冷淡に見える公爵と対等な契約から愛を育てていく物語。妻である前に自分であることを取り戻す、再生と溺愛と逆転の異世界恋愛。