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取得日時> 2026-04-19 00:10:13
夫は色の名前をひとつも知りませんでした。けれど私が染めた布を、一枚も手放しませんでした
イレーネは伯爵家の令嬢にして、王都でも指折りの染色師だ。
令嬢らしからぬ指先の染みも、藍瓶の発酵臭も厭わない。茜を煮出すときの工房の熱気も、布を引き上げた瞬間に現れる色の深さも、彼女にとっては何ものにも代えがたい。
ところが、政略結婚の相手は北の辺境を治める若き辺境伯クラウス。噂では「灰色の城」と呼ばれ、色のある調度も衣服もないという。
嫁いだ先は、本当に灰色だった。城壁も食器も使用人の衣も全て無彩色。——けれど城の地下蔵には、褪せた古い染め布が大量に眠っていた。
この土地にはかつて、鮮やかな染色文化があった。なぜ失われたのか、誰も教えてくれない。
イレーネは夫にひとつだけ頼んだ。
「染めることを、お許しいただけますか」
無口な夫は、短く頷いた。
——そして彼女が最初に染め上げた茜色の布を、翌朝、執務室の壁にそっと掛けていた。
忘れられた色を取り戻す染色師と、色の名前を知らない夫の物語。

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