「もしも桶狭間で、今川義元が織田信長に勝っていたら――」
歴史学を専攻する大学院生・藤原圭は、その問いをゼミで口にした直後、戦国時代の駿河へと放り込まれた。時は一五五〇年。桶狭間の戦いの、十年前だった。
行き倒れかけた圭を拾ったのは、「東海一の知恵者」と呼ばれる軍師僧・太原雪斎。歴史を知る圭は、雪斎があと五年で死ぬことも、今川家がやがて滅びることも、すべて知っていた。
――歴史は、観察するものだ。決して、触れてはいけない。
そう自分に言い聞かせながらも、圭はどうしても、目の前で足掻く人々を放っておけない。統計で未来を読む偏屈な天才。実利で世界を見る廻船問屋の娘。重圧に潰されそうな次期当主。彼らと関わるたび、気づけば圭の口が動き、手が動き、うっかり漏らした「後知恵」が、少しずつ歴史の歯車を狂わせていく。
焼かず。殺さず。奪わず。
これは、戦国の世に紛れ込んだ一人の青年が、罪の意識に苛まれながら、それでも「もう一つの国」を築いてしまう物語。