「ブラックマンデー、バブル崩壊……まさか、三度目が来るとはな」
眼下に広がる東京の夜景。かつては宝石箱のように見えたその輝きも、今の俺には断末魔の灯火にしか見えない。
必死に学んだ経済学で巨万の富を築いた。だが、歴史上の敗者から俺は何一つ学べていなかったらしい。
『盛者必衰』。平家物語の冒頭が、呪いのように頭を回る。
「いつしか、俺も奢れる平家になっていたんだ……もう、疲れたよ」
男はブランデーグラスを傾けるように、最上階のベランダから身を投げた。
風を切る音と共に、意識は暗転する――はずだった。
◇◇◇
「……行、戒行!
まだ寝ているのか!」
怒鳴り声と共に、身体を揺すられる感覚。
(死ねなかったのか?)
額を抑えようと持ち上げた自分の手を見て、息が止まった。
血管の浮き出た老いた手ではない。小さく、泥にまみれた、幼子の手だ。
鼻を突くのは、高級マンションのアロマではなく、湿った土と古い畳の匂い。
慌てて周囲を見渡せば、そこは明らかに現代の病室ではない。隙間風が吹き込む、あばら家だった。
「源氏坊戒行!
修行の時間ぞ!」
目前に立つのは、厳しい目をした修験者の老人。
その姿を見た瞬間、俺の脳裏に雷が落ちたような衝撃が走る。
源氏坊戒行……そして、師匠の感応院。
(嘘だろ……俺は、あの『天一坊』になったのか?)