「費用が払えますか」
教会の治癒師は、血を流して倒れた男にそう言い残し、踵を返した。
群衆の中でアレクは思った。——そうか、この世界でも同じか。ならば、変えるしかない。
前世は救急外科医。手術室で死に、気づけば中世ファンタジー世界に転生して十五年。魔法はほぼ使えない。道具もない。金もない。あるのは、三十年かけて積み上げた現代医学の知識だけだ。
神聖アスクレピオス教会は「治癒魔法」を独占し、認定証のない治療は違法とされている。金のない平民は重傷を負えば死ぬしかなく、難病は「神に見捨てられた」と宣告される。
だが、アレクには分かる。蒼熱病は自己免疫疾患だ。腸管損傷は縫合で塞げる。感染症は消毒と隔離で止められる。
魔法より、確実に。
治療するたびに追われ、逮捕されかけ、それでもアレクは手を止めない。
「なぜ魔法なしで治せる」「これは悪魔の術だ」「違法だ、捕まえろ」——
権威が喚くほど、患者の命は助かっていく。
弟子の少女・ミア、敵対する貴族令嬢・シルヴィア、元暗殺者・カーラ——三人と共に、アレクは千年続く教会の独占に挑んでいく。
千年の壁が、一本のメスで揺らぎ始める。