異世界? 別世界から来れば何でもできる? そんなものは都合の良い夢や幻だという事は、青年自身が良く分かっていた。できる奴はどこに行ってもできるし、できない奴はどこに行ってもできないんだ、と。
部屋のドアを開けると、そこは見知らぬ森の中。
端末の電波も届かず、動物も虫の声すら聞こえない薄暗い森の中。
街道に出ると馬車に乗った家族が、人の形をした何かに襲われていた。
言葉も通じず、何の力も能力も持たない青年。
勉強もスポーツも、良く言っても平均的、馬鹿でもないし、運動音痴でもない。だが誰より秀でる程に自慢できる能力もない。
青年の性分といえば、精々仲間から「優しい」とか「良い奴」と言われる位だろうか。
周囲にとって「都合のいい奴」程度の大学生に、この世界は一体何を求めているのだろうか。
これは、特異な力に目覚めても、全てを救う事が出来ない青年が、苦悩の果てに選び続けた軌跡の物語である。
無力故に大切な者を守れず、力を得ても大切な者を守る為に、相手の命を奪うしかない矛盾と相対し続ける。優しさ故に多くの者から愛される一方、優しさ故に失敗し、失い続ける。
ついには、英雄と祀り上げられるも歴史からは抹消され、決して語られる事のない記号と化していく。
その記号の名は―――