真壁恭二、三十八歳。十五年勤めた運送会社が畳まれ、ハローワークで勧められたのは「探索者教習所」だった。ダンジョンが現れて二十二年。今は免許がなければ第一層にも入れない。入校初日、元大手探索会社の教官・仁科は、免許制度の前に潜っていた「第一世代」の恭二を「野良上がり」と呼び、教本を机に投げてよこした。開いたページには、どの教習生も暗記する「第一世代の手記」が載っていた。十五年前に第七層で殉職した英雄が遺したとされる、探索の心得。――それ、俺が十代のころに大学ノートに書いた、ただのメモなんだが。「スライムは右から叩く」は、俺が右利きだったから。「休憩は二十分」は、相棒の煙草が一本半だったから。教本はそれに、もっともらしい理由を付けて規則にしていた。笑い話で済むうちはいい。だが、いくつかの規則は書き換えられて、意味が逆になっている。しかも隣の席の少女は言う。「この手記、父が書いたんです」名乗れないまま、教本の「本当の理由」を知る唯一の教習生が、仮免と卒検と業界の権威に挑む。
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