侯爵家に嫁ぐ予定だったアイリーン伯爵令嬢の日課は、婚約者の家の帳簿をつけることだった。
家臣たちの給与管理、季節ごとの予算組み、税収の計画と精査——八年間、誰に頼まれたわけでもなく、「女にしては珍しく数字が得意だね」と言われたまま続けてきた仕事。アイリーンには、それが誇りだった。
夜会の帰り道、婚約者のロランが告げた。「君は地味すぎる。もっと華やかな令嬢に変わることにした」
アイリーンは頷いた。翌朝、八年分の帳簿と引き継ぎノートを侯爵家の執事室に積み上げて、屋敷を出た。怒りはなかった。ただ、仕事はきちんと返してから去るべきだと思っただけだ。
三ヶ月後、侯爵家の財務が乱れ始めたと風の噂で知った。
そのころアイリーンは、辺境の公爵家で静かに暮らしていた。無表情で人付き合いが不得手と噂される辺境公爵に、「この税制改革案はあなたが? この国の仕組みが変わる」と言われながら。
ハッピーエンド。