1894~95年の日清戦争で日本が勝利し、遼東半島を獲得したが、ロシア・ドイツ・フランスの三国干渉により返還を余儀なくされた。これを契機にロシアは南下政策を強め、1898年に旅順・大連を租借、1900年の義和団事件を口実に満州を占領し、撤兵を約束しながらも駐兵を継続した。一方、日本は朝鮮半島での優位を確保するため、1902年にイギリスと日英同盟を締結し、対露姿勢を強化した。
1903年、ロシアの満州撤兵不履行と朝鮮への進出が続き、日露交渉は決裂。日本はロシアの勢力拡大が国家安全を脅かすと判断し、1904年2月、旅順港のロシア艦隊を奇襲して開戦に踏み切った。戦争は日本側の勝利で終わり、1905年のポーツマス条約で日本は南樺太や満州利権を獲得した。
この戦争は、アジアの新興国が欧州大国を破った初の事例として、国際的に大きな影響を及ぼした。
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