五十歳。看護師歴三十年。
一週間の夏休みくらい、自分のために使ってもいいだろう。
そう思って始めた最新VRMMO《アステルナ・オンライン》で、ノワールは十八歳の青年の身体を手に入れた。
剣を持ち、水魔法を選び、さあ冒険を始めよう――と思ったその夜。
ログアウトの項目が、消えていた。
帰る方法は分からない。
死ねばどうなるのかも分からない。
頼れるのは、三十年かけて身についた人を見る癖と、ゲーム好きの好奇心くらい。
ノワールは、世界の謎よりもまず生活に目を向けた。
宿を取り、仕事を探し、剣を習う。
怪我をすれば休み、道具を揃え、できることを一つずつ増やしていく。
やがて彼の隣には、几帳面な短剣使いのエルザと、自分で決めることが苦手な盾使いのヴェラが並ぶようになる。
三人で依頼を受ける。
三人で失敗する。
三人で相談して、また明日の予定を決める。
けれど、ノワールが「ただのゲーム」だと思っていたこの世界には、少しずつ説明のつかないものが増えていく。
触れずに分かる身体の変化。
ゲームにはなかったはずの歴史。
自分でも知らない力。
そして、ゲームの知識では説明できない存在。
この世界で生きている者たちは、本当にただのデータなのか。
これは、最強になるための物語ではない。
五十歳の男が、若い身体でもう一度誰かと並んで歩き、
自分たちの生き方を選んでいく物語。
今日も仕事を終えて帰る。
そして――
明日も、ダンジョンへ。