「君は冷たい女だ」
王太子にそう断じられ、公爵令嬢クラリス・レーヴェンハイトは婚約破棄された。
民の前で涙を流す聖女候補ミリアに比べ、クラリスがしてきたのは、炊き出しの手配、孤児院の毛布、施療院の薬代の見直し、戦災遺族への補償——そのための地味な書類仕事ばかり。
傷ついたクラリスは、雨の夜、行き先も告げずに一台の辻馬車へ乗り込む。
その馬車は、行き先を失った者を「本当の探しもの」の場所へ連れていくという、不思議な馬車だった。
御者の名はアルト。
かつて侯爵令息だったが、王宮の不正によって家を失い、婚約者リディアを十年も探し続けている男。
辻馬車に導かれ、クラリスは知る。
「冷たい」と切り捨てられた自分の仕事こそが、王都の人々のパンになり、薬になり、夜を越すための灯りになっていたことを。
そして翌日、王宮は思い知る。
彼らが切り捨てた「冷たい仕事」こそが、王都を動かしていたのだと。
クラリスは王太子妃には戻らない。
彼女はアルトの辻馬車とともに、王都の片隅で行き先を失った人々の探しものを見つけていく。
婚約者を探す伯爵令嬢。
嘘で娘を育ててきた男。
妻を失った老兵。
帰る場所を失った子ども。
自分の役割を見失った聖女候補。
そして、十年前に消えたアルトの婚約者。
夜の辻馬車は、今夜も王都を走る。
行き先を失った誰かが、もう一度、自分の行きたい場所を見つけるまで。