婚約式の鐘が鳴るはずの時刻に、アリシアの婚約者になるはずだったディオンは、病弱な幼なじみセシリアの屋敷へ向かっていた。
理由はいつも同じ。
セシリアが不安がっている。
セシリアが泣いている。
セシリアには自分が必要だ。
公爵令嬢アリシアは、これまで何度も待ってきた。
舞踏会も、観劇も、王妃殿下への挨拶も、両家の晩餐も。
そのたびにディオンは幼なじみを優先し、アリシアへこう言った。
「君なら分かってくれると思った」
そして婚約式当日。
彼はまた来なかった。
ただし、正式な婚約は今日の神殿式で成立する予定だった。
つまりディオンは、まだ法的には婚約者ではない。
神殿には両家、立会神官、公証人、王家婚姻登録院の監督官まで揃っている。
アリシアは泣かなかった。
取り乱しもしなかった。
ただ、立会神官へ告げる。
「本日の婚約式は行いません。婚約不成立の確認をお願いいたします」
遅れて戻ってきたディオンは言う。
「君なら待っていてくれると思った」
アリシアは微笑んだ。
「ええ。だから、今日まで待ちました」
婚約式をひとりで終わらせたアリシアを見ていたのは、王家婚姻登録院の監督官である大公家次男ヴィクトル。
「あなたは捨てられたのではありません。終わらせるべき時刻を、自分で選んだのです」
これは、待つ女をやめた令嬢が、自分の時間と誓いを取り戻し、王家婚姻登録院で本当の役目と恋を選び直す物語。