舞踏会の夜、五年間婚約者として尽くしてきた王太子レオニスから、衆人環視の中で婚約破棄を告げられた。
「お前のような地味な女では、私の隣には立てない」
その言葉と同時に下された命令は、隣国ノルディア帝国の皇帝へ嫁ぐこと。
周囲が同情の目で囁く。
「かわいそうに……氷の皇帝に嫁ぐなんて」
冷血皇帝、恐怖政治、感情を持たない支配者。
そんな噂しか知らないまま、フィリア・アステルは北の大国へと旅立った。
けれど実際に出会ったカイルハルト皇帝は、噂とはまるで違っていた。
冷えた私の手を見て、暖炉を増やすよう命じる。
毎日のように贈り物が届く。
食事が合っているか、側近に真剣に相談している。
貴族の前で「私の妃は優秀だ」と、当然のように言い切る。
言葉は少ない。表情もほとんどない。
でもこの人の行動は、いつも正確に私の方を向いていた。
一方、王国では私がいなくなって初めて、誰もが気づき始める。
外交が滞り、貴族調整が崩れ、財政が傾いていく。
五年間、誰にも気づかれずに私が担っていたものの大きさに。
「君の大切さに気付いた。戻ってきてくれ」
元婚約者から届いた言葉に、私は静かに首を振る。
もう遅い。
私はここで、初めて大切にされている。
氷の皇帝と呼ばれた人の、不器用で重くて真っすぐな愛情に、少しずつ溶かされていく日々。
虐げられていた令嬢が、別の場所で初めて愛される物語。