「君はこの十年、成果報告をただの一件も上げていない」
ダンジョン公社の設備点検員・灰田誠、三十四歳。査定でそう言われ、反論もせずに職を辞した。
彼の十年に、載せる数字は何もない。ただ毎日、地下三十八層を歩き、結界柱の音を聴き、切れる前の照明を換え、壊れる前の設備を直し続けただけだ。──その間、彼の担当区画で死んだ人間は、一人もいない。
退職の帰り道、誠は気づいてしまう。第七ダンジョンの心臓部・第三結界柱の唸りが、半音低い。
計器は全部緑。誰に言っても「数値に異常はない」。もう職員でもない男の耳だけが、崩落までの残り日数を数えている。
打てる手を全部断られた男は、入場料八百円を払い、柵の外から柱を聴き続ける。配信者のカメラの端に映り込みながら。
これは、剣も魔法も使えない点検員が、十年分の耳だけで街を守る話。
本人だけが、自分の耳の異常さに気づいていない。
「毎日聴いてれば、普通、わかると思いますけど」