新作VRMMO《アストレア・フロンティア》。公式放送の話題は最新の戦闘システムとレイドで持ちきりだったが、経済学部二年の楠木壮真が耳に留めたのは、開発者が終わり際にぽつりと言った一言だった。
「このゲームの経済は、本物です」
サービス開始日、壮真が選んだのは誰も並ばない不遇職【行商人】。戦わない。レベルも上げない。所持金五〇〇ゼルと、都市と都市の値段の差だけを頼りに、剣と魔法の世界で商いを始める。
海の街で八ゼルの塩が、山の街ではいくらになるか。祭りの前に何を仕入れるか。全部張った鉄が紙くずになった朝、どこで損を切るか。
攻略組が転移門で飛び越えていく街道を、彼は荷を背負って歩く。誰もやらないから、差が残る。面倒くさいは、全部誰かの商売の種だ。
やがて掲示板に「謎の相場師」の目撃談が立ち、彼の引いた流通の網は、ワールドの経済を回す背骨のひとつとして運営にまで観測されることになる。
これは、剣を取らなかった大学生が、相場だけでゲーム世界に自分の居場所を作るまでの話。
※戦闘シーンはほとんどありません。主人公は最終話までレベル一桁です
※各話の終わりに、その話で出てきた商いの考え方を短くまとめた「行商人の帳面」が付いています。裁定・在庫リスク・損切り・信用・インフレ——読み終わる頃には、経済のしくみが少しだけ分かるようになっています