長坂の戦いに、私もおりました。
ただし、荷車の上です。
父は劉備玄徳――
世に仁君と呼ばれる方。
母は糜夫人――
後に烈女として語られる方。
弟は阿斗――
後に皇帝となる子。
そして私は、史書に名前の残らなかった劉備の娘でございます。
曹操軍の追撃を受け、民とともに逃げる劉備一行。
その混乱の中、私と妹は輜重隊の荷車に乗せられておりました。
父は民を捨てない。
母は弟を抱いている。
趙雲殿は弟を救いに走る。
後世では、美談として語られるのでしょう。
では、荷車の上にいた娘二人は、いったい誰が覚えていてくれるのでしょうか……
名を残されなかった姉・劉明珠と、無邪気な妹・劉玉珠。
長坂で、ほとんど誰にも顧みられなかった劉備の娘たちは、曹魏に捕らえられ、漢室の血筋として、捕虜として、そして政治の駒として生きることになります。
父は仁君、母は烈女、弟は皇帝。
それは結構なことでございます。
――では、その美談の欄外に押し出された娘の話も、少しくらい聞いていただけますか?