「——春の満月までに、“心が大きく跳ねた回数”が百を超えたら、お前は消える」
森の治療師にそう告げられたのは、雪がほどけ始めた朝。
私は子猫。名前も、居場所も、まだ薄い。
けれど不思議と、泣かなかった。
“なら、跳ねないように生きよう”と静かに決めた。
私を拾ったのは、無口な魔狼の騎士・グレイ。
彼は合理的で、優しい言葉を言わない。
でも——火を絶やさない。毛布をかける。食事を半分にして私に渡す。
一貫して、私の味方だった。
「契約だ」
そう言って彼は、保護の首輪に小さな札を結ぶ。
そこに書かれたのは、たった一語。
——“呼ぶ”。
小さな灯り、温かいスープ、近すぎない距離。
跳ねないはずの心が、日々の小さな幸福で少しずつ揺れていく。
春の満月が近づくほど、私は知ってしまう。
“跳ねない”よりも怖いのは、
この優しさを——失うことだと。
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春の満月を越え、
消えるはずだった子猫の私は、生き残った。
無口な魔狼・グレイとの“保護契約”は終わったはずなのに、
私は今も彼の外套に守られたまま、外の世界へ出ることになる。
境界市。
人と獣と魔族が入り混じり、感情と音と匂いがあふれる場所。
そこで私は気づいてしまった。
かつて呪いだった「心が跳ねる感情」が、
誰かの喜びや悲しみの痕跡として、場所に残って見えることを。
跳ねてはいけなかった心は、
冒険の中で“世界を知るための力”だった。
だがその力は、使うほど心を揺らし、
私を危険にも近づけていく。
正論を言わない旅の治癒師。
触れることを恐れない別の魔狼。
そして、境界市の裏側で起き始める小さな異変。
触れない優しさと、跳ねる感情のあいだで、
私は何を選ぶのか。
これは、
消える運命だった私が、
跳ねながら生きていくことを選ぶ物語。
――幸せを積み上げた、その先で。