肩書きも、勲章も、才能もない。
ただ、誰より早く作業台に立ち、誰より遅くまで工具を握る──それだけの男だった。
藤崎優司、十九歳。
民間の整備区画に勤める、無名の整備士。
目立たず、喋らず、群れず。
だが“手だけは正確”だった。
声高に夢を語ることはない。
けれど“技術”という言語で、彼は宇宙を見ていた。
そしてある日、彼は“試す”ことにした。
自分の手が、どこまで通用するのかを。
世界中の若者が挑む、最難関の宇宙飛行士選抜試験。
整備技術枠の狭き門を、彼は名もなきまま、ただ“手の仕事”で通過した。
これは、奇跡の物語ではない。
派手な才能も、都合の良い運命もない。
ただ、信じた技術と積み重ねた感覚だけを頼りに、“旅”に加わった無名の男の記録。
選ばれし者たちはまだ知らない。
その先にある世界が、“重さ”という名の意味を持ち始めていくことを──。