慶長九年、京都伏見。
死の床にあった黒田如水は、祈祷文とロザリオを胸に置き、静かに最期を迎えた。
有岡の牢。
秀吉の天下。
関ヶ原の九州。
そして、届かなかった天下。
すべてを見届けた老軍師の胸に、ひとつだけ消えぬ思いがあった。
まだだ。
わしは、まだ一度も天下を盗っておらぬ。
次に目を開けた時、如水は若き日の黒田官兵衛に戻っていた。
まだ小寺家に仕える身。
まだ有岡の牢には入っていない。
まだ秀吉にも、信長にも、家康にも、運命を握られていない。
だが中身は、裏切りと幽閉と天下の行方を知り尽くした、壊れた如水のままだった。
小寺は器にあらず。
信長は火。
秀吉は飢えた猿。
家康は沼。
毛利は網。
ならば、わしは闇になる。
二度目の官兵衛は、もう誰の軍師にもならない。
主家を救うふりをして小寺を喰らい、播磨を握り、信長も秀吉も家康も届かぬ場所から、今度こそ天下を盗る。
これは、壊れた軍師が若き日に戻り、誰よりも早く天下へ手を伸ばす物語。