前世は、水と農業の支援で異国を渡り歩いた技術者だった。
気づけば、応永年間の九州・筑前国、滅びゆく小さな家の娘・千代に生まれ変わっていた。
升の目盛りの誤魔化しを見抜き、家の商いを立て直す。
だが、十四歳の娘の言葉は、家督争いという大きな流れの前では、誰にも届かない。
大内と少弐、二つの勢力に挟まれた分家は、抗う術もなく焼け落ちる。
父は死に、兄は死に、生き残った千代は、海賊に捕らえられ、
荷として――博多の唐房から、唐土(明)の商人の船に積まれていく。
売られた先で、千代は初めて「見せる」ことを覚える。
逆風でも走る帆、沈まぬ船の仕組み、硝石の作り方――異国の技を、
道具のない手に教える技術者として、四年をかけて自分の値を積み上げていく。
そして、日本人倭寇の頭目に見出され、その船団に迎えられる。
瀬戸内へ帰り着いた千代は、もはや荷ではない。
頭目の妻として、誰よりも数字を読む知恵者として、
一介の海賊の一党を、島々を束ねる勢力へと押し上げていく。
だが、女に軍議の席はない。千代の策は、常に男の口を通してしか世に出ない。
手柄は男のものになり、彼女の名はどこにも残らない。
それでも、千代は止まらない。瀬戸内の海賊衆を傘下に収め、
唐物を手土産に、在地の小者から守護、そして幕府・将軍家へと――
記録には残らない糸を、畿内の政の奥深くにまで伸ばしていく。
知っていることと、できることは違う。声を上げても届かないと知った娘は、
それでも、数えることをやめなかった。
前世の識だけを武器に、滅んだ家の娘が、瀬戸内の海から日本の中枢へ、静かに、しかし確実に手を伸ばしていく――成り上がり歴史小説。