あらすじ:
王太子殿下、請求書ではございません。
ただの、正確な引継報告書です。
伯爵令嬢リディア・クラウゼンは、王太子レオンハルトの婚約者であり、王太子府儀典日程室の主任調整官代理でもある。
王太子は、病弱な幼馴染セラフィーナを何よりも優先する。
大切な観劇公務も。
隣国大使夫妻との会談も。
王妃陛下との打ち合わせも。
婚約者であるリディアとの約束も。
そのたびに王太子は言った。
「君はしっかりしている」
「君なら分かってくれる」
「少しは僕の都合も考えてくれ」
だからリディアは、三十八回、黙って王宮を回した。
代理出席の手配をし、外交上の失礼を詫び、予定を組み直し、追加費用を仮払いし、誰にも王太子の失態を悟らせないようにしてきた。
けれど三十九回目。
隣国大使夫妻をもてなす観劇の朝、王太子はまたしても言った。
「セラフィーナの魔力熱が出た。今夜の観劇は欠席する」
リディアは微笑んだ。
いつものように予定表へ黒線を引き、いつものように必要な手続きを組み立てる。
そして、最後に告げた。
「私の予定は、もう空いておりません」
翌朝、王宮に提出された黒革の予定表には、王太子が見ないふりをしてきた三十八件の未決費目が記されていた。
代理出席、追加人件費、謝罪先、外交儀礼上の損失、王太子府儀典費からの仮払い。
王宮は初めて知る。
王太子が王太子でいられたのは、リディアが黙って支えていたからだと。
一方、婚約解消を申し入れたリディアは、もう誰かの都合のために自分の人生を空けておくつもりはなかった。
これは、便利な婚約者扱いされてきた令嬢が、予定表と報告書で王宮を揺らし、正しく評価してくれる人の隣で幸せになるまでの物語。