王宮は美しかった。
白い大理石。
金糸のカーテン。
夜会に咲く、偽物の笑顔。
その中心で。
王妃は今日も、
誰より早く起き、
誰より遅く眠る。
愛はいらない。
ただ務めを果たせ。
その言葉だけで、
心は静かに擦り切れていった。
◇
積み上がる書類。
終わらない茶会。
眠れない夜。
それでも誰も言わない。
「ありがとう」
の一言さえ。
だから彼女は、
ある日そっとペンを置く。
――長期有給休暇申請書。
未消化、三年分。
復帰予定、
未定。
◇
王妃が消えた朝。
王宮は崩れた。
止まる外交。
回らない予算。
泣き出す文官。
皆ようやく知る。
“当然”のように存在していたものが、
たった一人の犠牲で成り立っていたことを。
◇
領地の風は優しかった。
コルセットを外し、
昼の陽だまりで眠る。
ただそれだけで、
涙が出た。
「……休んでも、
よかったのね」
◇
遅すぎた後悔を抱え、
王は彼女を追う。
けれど彼女はもう、
昔の王妃ではない。
静かに笑い、
まっすぐ告げる。
「私は備品ではありません」
その言葉は、
どんな剣より強かった。
◇
そして今日も、
定時の鐘が鳴る。
紅茶を飲みながら、
彼女は少しだけ微笑む。
もう誰にも、
人生を搾取させないために。