大陸の六割を支配した帝国が崩壊して、十年。
かつて伯爵令嬢だったアリス・ウェールズは、旧帝国領の町エルデンで一人暮らしている。十四歳のときに帝国が滅び、家も身分も、将来結婚するはずだった婚約者との約束も失った。それでも故郷を離れることはなく、今では家名を隠し、ただの「アリス」として二十四歳になった。
そんなエルデンに、近頃たくさんの人がやってくるようになった。パン屋を開く夫婦、仕事を求める母娘、土地を求める農民、商人に職人、冒険者。長く空いていた家には明かりが灯り、閉まっていた店も一つ、また一つと開いていく。
けれど、人が増えれば水も土地も仕事も必要になる。異なる国の貨幣や習慣が持ち込まれ、帝国時代の法律や記録が思わぬところで顔を出す。アリスにとって当たり前だったものを知らない人がいる一方で、アリスの知らない新しい常識を持つ人もいる。
変わっていく町でパンを買い、隣人と話し、ときには誰かを助け、ときには自分が助けられる。
そしてある日、隣国からやってきた一人の青年と出会う。
帝国がなくなっても、そこで暮らす人々の毎日は続いていく。かつて伯爵令嬢だったアリスも、今を生きる一人として。