フレイザー公爵夫人エリナは、魔力がないため貴族との結婚は無理だと思っていたが、貧民街の娼婦を真実の愛の相手とする夫ルドガーに、公爵家の跡継ぎを産むためだけの道具として嫁いできた。一度きりの交わりで授かった子どもの出産の際、生死の境をさまよったエリナは自分が二度目の人生を生きていると知る。
前世では、フィンバース王国の騎士団長でもある夫ルドガーは、息子が騎士団に入団できる12歳になるまで愛人のもとで暮らし、妻子に一切関わろうとしなかった。そのせいでエリナは心を病み、世間の評価を気にして息子に厳格すぎる教育を施していた。騎士団入団試験の日、息子セドリックは高熱で寝込む。看病をしていたエリナのもとへ12年間一度も顔を出さなかった夫が突然乱入し、力づくで息子を連れ出そうとした。そして夫から息子をかばったエリナは命を落とした。
落命後、エリナは薄暗い空間で白髪の老人の後ろ姿を見た。自分の知己かあるいは自分自身かもしれないと感じたが、誰かはわからないまま、エリナは現世に意識を取り戻す。死の淵から生還したエリナは無事に息子を出産し、今度の人生では必ずこの子を大切にすると心に誓った。
義父母らの助けを借りながら父親不在の子育てをして4年が経った頃、夫から唐突に二人目の子を産むよう命じる手紙が来た。生まれた子どもは夫が愛人と育てるという。エリナはこれを拒否し、息子や義両親とともに王都を離れた。そのせいでエリナは世間から「負け犬」と嘲笑されたが、後悔はなかった。エリナはセドリックを連れて、領都ザヴィールウッドの郊外にあるザヴィールの森の館へ移り住む。黒の森とも呼ばれるその森は、フィンバース王国に恵みをもたらす大精霊、黒の森の大聖女ノナ・ニム・フォレッサの住まうところで、エリナ母子の住む館は、黒の森の若長・赤猫のザジの結界で守られていた。
フレイザー家はいにしえの「ザヴィールの盟約」によって、大精霊と特別に結びついている家門である。エリナは次期当主となるセドリックを育てるため、音楽卿(ロード・ムジカ)の称号を持つ実兄アルマンや、隣国との国境を守る砦の司令官ヨシュア、亡き母の侍女だったターラや忠実な侍女ナタリーらの助けを借りる。一方、黒の森をめぐる夫ルドガーの生い立ちを知り、エリナは前世の悲劇的な運命を変えていく。