その酒場には、二つの匂いがあった。
酒と炙り肉の甘い香り。そして――血の匂い。
四十二歳、無職。
ゲームだけは得意だった男は、コンビニ帰りにトラックに轢かれて死んだ。
次に目覚めたのは、ネオンサインと死体袋が共存する異世界のギルド酒場《るすと》。そこでは毎日クエストを達成しなければならない。未達成ならペナルティ。悪化すれば、待つのは死。
しかも、目覚めた男は自分の名前を失っていた。
HUDに表示された名前は《NO
NAME》。酒場の仲間たちは、彼をいつしか「マスター」と呼び始める。
クエスト先は、どこか懐かしいドット絵風のゲーム世界。
けれど、そこで流れる血は本物だ。
そして彼の前には、ノイズ混じりの少女が現れる。
「またスグニ、おあイしましょう――マスター」
彼女は何者なのか。
なぜ自分は名前を失ったのか。
なぜこの酒場には、死体袋が日常のように通るのか。
これは、ゲームしか取り柄のなかったおっさんが、神のようなAIに管理された世界で、消されかけた酒場を守る物語。
看板は酒場。ノルマは命。名前は、まだない。
ゲーム感覚で死ねるほど、人生軽くねぇ。