1933年、松岡洋右は議場を退場したが「脱退」はしなかった。――四十二対一の孤立から世界を出し抜く、若き外交官の影の戦記。
1933年2月、ジュネーブ。国際連盟臨時総会。
「賛成42票、反対1票」という圧倒的な孤立の中、日本代表・松岡洋右は議場を後にした。史実において、日本が世界の孤児へと歩み出した瞬間である。
しかし、もし彼が「脱退」の二文字を口にしていなかったら?
孤立へのカウントダウンが進む中、外務省の若き書記官・黒瀬誠一郎は、破滅の連鎖を断ち切るための一発のカードを起草する。
「樺太のユダヤ民族への移譲」――迫害の足音が近づく欧州のユダヤ資本を日本に引き込み、ソ連との緩衝地帯を構築する狂気の提案だった。
暴走する陸軍の圧力、多国籍のノイズ、そして頼れるのは己の「言葉」と水で薄めたモルヒネだけ。
帰る場所を持たないユダヤ人女性・ミリアムと共に、黒瀬は「選ばれなかった日本の歴史」の扉をこじ開けていく。