『散りぬる霧に』──
霧深き山村で、中央官僚が密室で死んだ。
毒殺。手口は密室。動機は薬物密売への怨恨。村医者・波多野が自首し、事件は閉じる──はずだった。
東京から派遣された若き刑事・猿島冴優は、ベテラン刑事・清水雅哉と共に村に踏み入る。霧無村。よそ者を拒む山間の集落。村人は皆何かを知り、誰も口を開かない。村に染みついた中央官僚の罪、薬物に蝕まれた若者たち、十二年前に死んだ清水の妻の影──冴優は霧の中を、ひとつずつ手探りで進んでいく。
兄を薬物で廃人にされ、ひとり兄を支えてきた女・遙堪綾奈。弟を同じ薬物で失い、復讐を誓っていた医師・波多野。そして、ある夜、清水を闇から襲った何者か──。
倒れた清水を看取りながら、冴優は単独で真相に辿り着く。波多野の自白、密室の謎、清水襲撃の犯人。事件はすべて解けたかに見えた。
しかし、半年後。一通の手紙が冴優のもとに届く。
「兄が亡くなりました。葬儀に来ていただけませんか」
綾奈からだった。
再び霧無村を訪れた冴優を待っていたのは──事件の奥にもう一つ眠っていた、誰にも語られなかった真相だった。気の毒な被害者だと思っていた女の、底知れない冷たさ。法では裁けない悪。罰されないまま、ただ自分で終わりを選ぶ女。
霧が散るとき、最も静かな悪が、姿を現す。
「気の毒と、許せないは、別の話だ」