「君とは政略結婚だから。私に夫婦としての情を求めないでほしい」初夜、伯爵令嬢エレノアは、夫となった冷徹公爵レオンハルトからそう告げられた。両家の利益のために結ばれた政略結婚。愛など必要ない――それが彼の考えだった。けれどエレノアは、結婚前からレオンハルトを密かに想っていた。だからこそ、その言葉は何よりも辛かった。それでも泣くことなく、エレノアは微笑んだ。「承知しました。では、私も夫婦らしくするのをやめます」
それからエレノアは、夫の帰りを待つことも、好物を用意することも、夫のために自分の時間を使うこともやめた。社交の場では完璧な公爵夫人を演じる。けれど屋敷に戻れば、ただの「政略結婚の相手」として夫と接する。
最初は、それでいいと思っていたレオンハルトだった。ところが――。いつも自分を待っていた妻が待たなくなった。自分のために笑っていた妻が笑わなくなった。自分の言葉を気にしていた妻が、何も期待しなくなった。そして気づけば、エレノアが他の男性と話しているだけで胸がざわつくようになっていた。「君は……私を嫌っているのか?」「嫌ってはいません。ただ、あなたに期待することをやめただけです」
その言葉が、レオンハルトの心に突き刺さる。
やがてエレノアのもとに、隣国の侯爵家から新たな縁談が届く。
彼女を失う可能性を前に、レオンハルトは初めて気づく。自分は、妻を愛している。しかし、もう遅かった。「私は、あなたと離婚します」
エレノアは自分の署名を済ませた離縁届を差し出す。かつて「政略結婚なのだから」と妻の愛情を拒んだ男は、今度は必死になって妻を引き留めようとする。けれどエレノアは、簡単には戻らない。「私はもう、愛されることを待つのに疲れました」失って初めて、妻が自分にどれほどの愛情を注いでくれていたのかを知ったレオンハルト。そして今度は、妻だからではなく――一人の女性としてエレノアを愛し、もう一度自分を好きになってもらうために、彼女を追いかけ始める。「君を失いたくない」「私は君を愛している」「だから、もう一度私を好きになってほしい」一度壊れてしまった二人の関係は、もう元には戻れない。だからこそ二人は、過去の結婚をやり直すのではなく、もう一度、一人の男女として恋をする。そしてエレノアが最後に選ぶのは――。政略でも、義務でもない。
自分自身の意思で選んだ、本当の夫婦としての人生だった。