西暦2097年。地球は、かつてない規模の気候変動と海面上昇に苛まれていた。
海面は約2メートル上昇し、東京湾沿岸、バングラデシュ、ベネズエラのデルタ地帯、オランダの沿岸都市など、数億人が暮らしていた地域は水没した。あるいは、高潮が常襲する危険地帯へと変貌し、人々の生活圏は根底から揺らいだ。
その影響は水辺の生態系にも及び、世界の淡水魚の約40%、すなわち約6000種が、すでに絶滅するか、個体数の致命的な減少に陥っていた。
かつて多様な命を育み、美しい音と色に満ちていた川は、沈黙と灰色に包まれ、その輝きを失っていた。
日本の魚類学者・神崎優希は、幼少期に母と経験した悲劇をきっかけに、淡水フグに深い愛着を抱くようになった。
そして今、絶滅の危機に瀕するこの魚種を宇宙で保全するという壮大な夢を追い続けている。
宇宙ステーション「エデン・ステーション」の人工重力モジュールは、限られた居住空間として極めて貴重な資源だった。
しかし、そのうちの一基が、淡水魚の種を保存するための特別施設「アクア・ドーム」として転用されることが決定した。
それは、かつて神崎の父が建設に携わったステーションでもあり、彼にとっては個人的な記憶と未来の希望が交錯する場所でもあった。