伯爵令嬢リネアには、人ではなく建物の具合が分かる力がある。湿った壁、眠れない暖炉、泣きそうな扉。彼女は王太子の婚約者として十年、陰で王城をなだめ続けてきた。
けれど祝宴の夜、王太子ユリウスは言い放つ。
「城にしか愛されない女を、王妃にはできない」
公開婚約破棄。嘲笑。新しい婚約者の勝ち誇った笑み。
リネアは静かに王城へ別れを告げ、出ていこうとする。
すると、ずっと彼女に世話されてきた王城が怒った。
扉は王太子の前でだけ開かず、絨毯は彼女の足を守り、とうとう正門の片扉が壁から外れて、リネアの馬車についてきてしまう。
その場にいた辺境伯カイルは、リネアに頼み込む。
「私の領地に、誰も帰りたがらない古い城がある。あなたにしか、あの城を助けられない」
王都を捨て、北西の廃城へ向かったリネアは、凍える厨房、閉ざされた客間、帰る場所をなくした人々に出会う。
これは、城にしか愛されないと笑われた令嬢が、誰も帰りたがらない廃城を世界でいちばん温かい場所に変え、不器用な辺境伯にも愛されていく物語。