国際協力機構（JICA）の隊員だった俺は、事故死を経て戦国時代の摂津国、十歳の百姓・朔に転生した
。
脳裏に焼き付くのは、数年後にこの地を襲う「天文の飢饉」の記憶
。長雨、洪水、そして稲を喰い尽くす害虫
。それは、歴史の知識として知る、避けられぬ地獄の到来を意味していた。
俺には村を救う知識がある。土壌改良、輪作、衛生管理、そして飢えを凌ぐ救荒食の知恵
。だが、十歳の童の言葉は、村の長老たちが守る古き因習と神仏への畏れの前では、ただの戯言か、不吉な神託として退けられるだけ
。この無力感が、心を深く蝕んでいく。
掟は三つ。「見られるな、知られるな、目立つな」
。下手に知られれば、英雄視されるのではなく、妖術使いとして殺されかねない。
しかし、飢饉の前兆が幼馴染の少女を襲った時、俺は掟を破ってしまう。ほんの僅かな知識の行使。その「小さな成功」が、最悪の連鎖を引き起こした
。守りたかったはずの母は、俺の得体の知れない力を恐れ、涙ながらに訴える。「お願いだから、もう何もしないでおくれ」
。村の寄合では「和を乱す」と断罪され、善意は村に癒えぬ亀裂を走らせた
。
歪んだ噂は村の境を越え、二人の男を引き寄せる。
一人は、領主の役人・相沢玄蕃
。俺の知識を自らの出世の道具と見なす、貪欲な男
。彼の監視という名の檻の中で、俺は生き残るため、功績の全てを彼に献上し、その野心の影に隠れる策士へと変貌を遂げる
。
そして、もう一人は、村はずれに流れ着いた牢人・朽木玄斎
。大義に疲れ果てた現実主義者の彼は、俺の瞳の奥に宿る異質な光を見抜き、生き抜くための「護身の剣」を授ける師となる
。
相沢の権威を盾に、俺は治水、堆肥作り、輪作といった改革を断行する
。敵対していた隣村と「泥の同盟」を結び、母もまた恐怖を覚悟へと変え、最初の協力者となる
。村は少しずつ、だが確実に飢饉への抵抗力をつけていく。
だが、その「飢饉を知らぬ村」という異常な成功は、堺の商人網を通じて、当代きっての梟雄松永久秀の耳に届いてしまう
。彼は「摂津の奇妙な童」に、計り知れない価値を見出す。
善意はより大きな災厄を呼び、知識は薬であると同時に身を滅ぼす毒となる。
これは、未来を知る少年が、知識という最も危険な武器を手に、定められた破滅の運命に静かに、だが必死に抗う物語。